2007年02月18日

国家試験2日目終了。こっちも大事だけど、 2月18日その後はもっと大事ですが...

国家試験2日目終了です。

やはり今年難しいらしいです。

来年がんばらにゃーと思うと同時に、
先輩あと1日がんばってくだされ!!


さて、もちろん国家試験通らないと医師になれないのですが、
2月18日の事件は医師になった後に困るだろう話なので、
こっちも重要。

新小児科医のつぶやき

の先生から出された案に賛同し、昨日

福島県の産婦人科医の先生が逮捕された件について
書かれたブログ、賛同してくださったコメントの数は
かなりの数になっています。

この事がどういった影響を与えられるかは分からないですが、
ブログを利用した未来を感じさせる面白い方法と思います。

歴史的に見て
新聞は17世紀頃に市民に初めて伝わり始めたと記憶しています。

その頃の市民は、新聞によって当時の悪政に対する共通の
情報源を持つ事ができ、それによって議論をし、
団体行動が容易にとれるようになったと習いました。

ただし、
その当時は、職業もそれほど多くないですし、新聞記者に
は、聞いた事をそのまま書くだけでよかったのでしょうか、

世界のしくみも単純でしたし、なにより豊かではなかったので、
足りないものは足りない。これで十分だったのでしょうか。

ところが、
今現在、医療関係の人で新聞に絶望している人は多いです。
おかしな話です。

同じ事をしているハズなのに、逆になっているのですから。

新聞社が悪意を持ってやっているんじゃあ...とかんぐりたくなる
ような新聞記事も多いですが、

にょろすけはそうは思いません。
悪意で書いてはいないと思うのです。

新聞記者は同じ事(市民の立場を思いやったらと思い込んで)を昔ながらにしているだけと考えている。と思います。

ただし、今の時代は、専門の知識を持たない「知らない人の
正しそうな認識」を書けばそれが良いとは限らないではないですか。


例えば、妊婦さんを救えなかった産婦人科の先生を逮捕すれば、
この件は終わる。みたいな話です。


死なしたから、罰する。当然でしょ?
みたいな。

でも、医学を学んでいないと分からない認識もあり、
今回の件はまさにそれだと思います。


昔は一人の人間が情報を発信するなんて信じられなかったですが、現在はブログでできます。

専門の知識を持った人がその立場で情報を発信できるのです。

でも、5年前にこの事件がこのような扱いになったなら、
こんな事はできなかったと思います。
やっとADSLできて、日記が普及しはじめた5年前には。

日記では、コメントとトラックバックはできないですし。

新聞は事実のみ、聞いた事のみを発信し、
専門家は、自分の専門のプライドにかけて、意見を言う。

という事なのかなと。


ひょっとしたら、新小児科医のつぶやき先生の発案は
次世代の情報発信と情報認識の形なのかもしれないですね。

posted by にょろすけ at 21:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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